< 植物の葉は、なぜ緑色が多いのか?より続く
☆これまでの記事リスト
さて、長くなりましたが、今日はまとめです。
これまで、人と植物の緑色の関係についてあれこれ書いてまいりました。
まずここで、リンクを添えて、タイトルを振り返ってみましょう。
1回目:夜の世界からカラフルな未来へ:私たちの視覚の進化
2回目:視覚:自然界につながる色彩
3回目:色の進化史:自然からの癒しと調和
4回目:緑色の秘密:古代から現代への歴史
5回目:日本の伝統色について
6回目:みどり色の謎
7回目:植物と、日本の染めもの
8回目:染め物三大植物:楽しんで育てる
9回目:植物の葉は、なぜ緑色が多いのか?
そしてこのシリーズ10回目の今日は、これらを絡めて、私たちが、緑色に癒しを感じる理由について書いていきます。
☆緑色が癒しになる理由
日本では、と言う話
今からお話しすることは、あくまで「日本では」と言う前提です。
私の力不足で、世界的にと言えるほど調べておりません。
そこをまず、ご承知おきくださいませ。
ということで、私たちが緑色を癒しと感じる理由について、お話します。
生きる上で大切なもの
突然変な設定の話をしますが。
私たち人類が、生物として【短時間】生きるうえで、まず何より大事なのが「空気」と「水」ですよね。
これらが有れば、まずすぐにどうこうという事はありません。
そして当たり前すぎる話ですが、この視点で語るとまだあります。
それが、「太陽」と「大地」です。
では、それら4つが揃えば大丈夫かと言うと、そうでもない。
この4つがバランスよく上手く揃えばという条件付きでなら、短時間であればまず生きられます。
呼吸ができて、水分もとれて、安全な場所に足で立って、日中は暖かい日差しが降り注いで。
当たり前すぎる話です。
さて私達、この「当たり前」に、実はけっこう弱かったりする。
思い当たる節、ございませんか?
人間関係であってもそう、「在って当たり前」には感謝もしないけれど。
「無くしてはじめて、その有難みを知る」って奴です。
空気や水や太陽や大地に対しても、在って当たり前になっちゃうんですよね、ついつい。
在って当たり前の色
前にお話ししましたが、私たちにとって周囲に植物があるというのも、かなり長い年月の間、当たり前な風景だったんです。
人類が発生して、それから現代に至るまでのほとんどの期間そうだったと言えるぐらいの年月です。
植物があれば、食料に出会う可能性が高いです。
遠くまで視界の開けた草原では、敵の接近も早めに知ることができます。
また、水辺には必ず植物がセットで茂っています。
そして青々と茂る植物がある場所は日当たりも良い場所という事ですし、土も肥えている。
そういったことで、植物のある風景に、私たちの祖先は自然に安心感を感じていました。
なので、私たちは今でも、植物がある一定数ある環境に安心を感じます。
逆に言うと、周囲に植物の緑色が少ない状態に置かれると、不安感が増すという事なのです。
これらは遠くご先祖様たちから受け継がれてきた、記憶の遺伝なのです。
日本では木々や草花たちが、生活の身近にあるのが当たり前でした。
そこに感謝と畏怖とを感じつつ、自然崇拝の神道の原型が生まれていったのです。
祖母の思い出
明治生まれの私の祖母は、小さな畑で野菜を収穫するときにも、森の木の枝を手折るときにも、いちいち手を合わせていました。
それが私にとっての日常風景でしたので、その当時はなんとも思いませんでした。
ですが今となってはあれが、日本人に受け継がれている美しい感謝の形だったのだと分かります。
明治の人たちにとっては、植物が元気に育つことがありがたいモノだったのですね。
在って当たり前を、当たり前と感じない。
そんな人たちが、確かにこの国には、かつてたくさん住んで居たようです。
☆目が心を癒す
目と脳と色情報
前にも申しましたが、私たちは情報の80~85%を視覚から取り入れていますよね。
また、その視覚情報は脳の三分の一を使って処理されてる。
つまり、私たちが植物の存在を知る方法の大部分が、目から、です。
そして目は、光の情報を取り込むだけの器官ですよね。
目で受けた光の情報は、電気信号として神経を通し脳に送られます。
そして脳が、その電気信号を分析して、特定の色として判断するわけです。
そこで初めて私たちは、目が受けた外の世界の色が分かるという仕組み。
こうしてみると、体って凄いですよね。
ところで、目には4つの光情報を見る機能があります。
そのうちの一つが「色」の識別です。
これから単純に「色」に限って話を進めます。
人が植物を見た場合。
目で受けた色の光情報は、おおよそ緑系の色。
主に葉の色ですよね。
それを植物と認識してるという事になります。
さてここで、コーン細胞のM型の話に戻りますが。
私たちの目の色を感じるコーン細胞は、緑色に一番敏感でした。
つまり緑色に一番敏感に反応するように進化して来たともいえるのです。
これは、本能レベルでは、人の生命維持にとって植物は、食料や安全確保にとって最適な環境の目印としているという事です。
緑色が心を癒す
日中、太陽光の中で一番多く降り注ぐ緑色光。
そしてその緑色光を一番多く反射させる植物達。
その反射光の中で、特に緑色光に一番敏感に反応できるように進化した人類の目。
そして人間の情報取得の80~85%が、目からの情報。
さらに人間の脳の三分の一が、目からの情報を処理するために使われている。
こうして科学的な事実だけを並べてみるだけで分かりますよね。
おそらく人類は、在って当たり前の「太陽」「空気」「水」「大地」の要素。
これらを含めて、在って当たり前の「植物」という命をどれだけ真剣に認識していたのかを。
暗く湿った身動きが取れない頭蓋骨の中で。
私たちの脳は、大部分、目を通して外の世界を知ります。
そしてそこに、植物の緑色が在るだけで、安心するように進化して来たのです。
そうして、脳が安心すれば、脳内分泌物質や神経系も安定し、心が安らぐ。
お分かりいただけたでしょうか?
緑色が心を癒す理由。
☆最後に、もう一つの見方
本能と理性
そこまで緑色に脳が集中していたら、やはり頭をもたげてくるのが「在って当たり前」という考えです。
ここが、本能と理性の違いですね。
本能では、ああ緑色はなんてありがたいんだと思っていても、理性では、緑はありふれて面白くない色となりがちなんだそうです。
実際に緑がたくさんあるので、あまり意識されていないので、その中の赤い実やキレイな花が目につく。
そこが食料の存在に近づけるサインですから、意識上ではそういった色に敏感になります。
また緑の中に隠れた敵を見抜くのにも、緑以外の色に意識を向ける必要が出てくる。
こんな感じで、ご先祖さま方にとっては、緑にはそんな面もあったようですね。
恋愛についての考察
この話は、なんとなく恋愛に似てるなぁとも思うのです。
着飾って精一杯努力して、よそ行きの顔で得られた相手というのもなかなか面白いでしょう。
ですがそれは恋。
ずっとそうは生きられないです、私の経験ではいずれ疲れてしまいます。
やはり、ただしい恋愛は、やがて愛に変わらねばなりません。
惜しみなく奪うのが恋と申しますね。
そして、惜しみなく与えるのが愛だと。
なんか傍にいて、空気のように水のように透明で、いつも明るく照らしてくれてなんだか温かい。
そしていつも必ず足元から支えてくれる存在。
そういう人に出会えたら、是非大事にしてください。
こういう方は最初の頃は余りに自然すぎて、そういった存在には感じられないかもしれません。
けれども本当に大事な人は、太陽であり、空気であり、水であり、大地であり、そして近くを彩る緑色のようなものですから。
このような方に出会ったら、是非とも惜しみなく自然体の愛情を注いでください。
もちろん、恋愛以外でも、親子の情とか、親戚ご近所友人そしてペットまで、それは当てはまる事ですから。
という事で本日ここまで。
長いシリーズになってしまいましたが、この話も一旦ここまで。
最後までお読み下すってありがとうございました。
どうぞ佳き日でありますように💐