☆啓蟄入り~札幌の様子
さて今日から、二十四節気は啓蟄に入ります。
札幌は春の気配で、今朝の外気温がプラスの3℃。
街中から徐々に雪も消えて行ってはおりますが、まだ細い路地などは圧雪やシャーベット状。
とても歩きづらい状況が続いております。
啓蟄では、春の陽気が地面の中にまで届き、土の中で冬ごもりしていた虫たちが目覚め、地上へと這い出し、植物の芽も動き出す頃と言う意味です。
ところがまだまだ札幌では、住宅街に隣接した森の中でさえ、このような状況。
これは太陰太陽暦(旧暦)が、当時の都、京都・奈良辺りを基準に組まれたものでありますので、こういう地域によるズレが生じるわけです。
札幌が文字通り啓蟄めいてまいりますのは、3週間から1ヶ月後になりそうです。
☆七十二候
では早速、今年の啓蟄の初候・次候・末候がいつになるのかを見て行きましょう。
さてと、今見てみましたら、新暦に直すと昨年と全く同様(※)でした。
※「()内の日付」
新暦と旧暦とのズレは本当に面白いものです。
今回のように昨年と全く同じ時もあれば、微妙にズレたり。
このズレの変動が、月や太陽の運行を反映したものと言うのですから、文字通り「月日」の妙味であります。
ちなみに。
添付する画像は、全て昨日の私の森散歩での撮影です。
初候:蟄虫啓戸(3月5日~3月9日)
「すごもりのむしとをひらく」
もう暖かい本州(九州四国含む)では、色んな虫たちが見られておることと思います。
ただここで申します「虫」とは、ただ単に昆虫だけではなく、太陽太陰暦(旧暦)が成立したころには、小動物や魚類なども含む言葉でしたので奥が深い。
爬虫類と言う言葉にもその名残が見られると、昨年のこの時期の記事に書きましたが、もう一つ。
ずっと昔の日本では、人以外の生き物は全て「虫」と表現したと言います。
その時代の虫は「蟲」。
更にもう一つ。
人でさえ、蟲と表現されたことも有ったようで、もうこの辺りの時代まで遡ると、「蟲」とは小さな生き物だけではなく、生命を表す違った意味の表現だったのでしょう。
ちなみにその時代、人は「裸蟲」と表現されることも有ったようですよ。
その名残りなのでしょうか。
人体に関して、虫の知らせ・虫の居所が悪い・腹の虫が収まらないなどの言葉がありますが、よくよく考えると、実に奥行きのある表現だなと私などは妙に心打たれてしまうのです。
次候:桃始笑(3月10日~3月14日)
「ももはじめてわらう」
旧暦の基準地である近畿地方では、桃の花が一般的に3月下旬から咲き始め、4月に満開期を迎えます。
桃の花がはじめて笑う。
穏やかな表現ですね。
ちなみに、花の蕾が開き始める事を「ほころぶ」と申します。
これは漢字で書きますと「綻ぶ」
破綻なんて言葉を現代でも使いますが、「やぶれてほころぶ」事が破綻、こうしてみると綺麗な言葉であります。
一方、人が笑顔になることを、笑顔がほころぶとも表現します。
これは、固い表情が崩れて笑顔になる事、ひいては心を開く事でしょう。
蕾が開く、心が開く。
その共通性。
元々は、着物の縫い目はほどける意味です。
それが植物の蕾であったり、人の心に適用された言葉。
そして、桃始笑。
桃の花の蕾が開き始める事を、桃の笑顔と表現した日本人。
やはり日本語と申しますのは素晴らしいなと、私は思うのです。
遺しておきたい、子供達に伝えておきたい日本人の受け継がれてきた感性が、ここにもあります。
末候:菜虫化蝶(3月15日~3月19日)
「なむしちょうとなる」
折も折。
九州の叔母から、菜の花が届きました。
こちらは食用としてですが、既に九州に訪れている春を感じる事が出来る素晴らしい贈り物です。
菜虫とは、モンシロチョウのこと。
モンシロチョウの幼虫は、葉物野菜を好んで食べますので、昔の人も相当に困ったと思います。
そのモンシロチョウの幼虫が、いよいよ蝶々に変わる時期と言うのがこの頃。
野菜を作っていた人たちも、一安心の時期。
ひらひらと舞う蝶々を眺めながら、待ち望んでいた本格的な農業時期の到来を感じた事でしょう。
札幌でもこの頃になると、随分春めいてまいります。
と言う事で本日はここまで。
最後までお読み下すってありがとうございました。
どうぞ佳き一日をお過ごしくださいませ💐😊

