☆重たい雪ハネをしていて、腰を壊しました
春の雪は要注意
ギックリ腰になってしまいました。
原因は、雪ハネと、しばらく積み重なって来ていた腰回りの筋肉疲労だと思います。
降ったばかりの雪と申しますのは、まぁおおよそ軽いのですが、冬の始めや終わり、春先の雪は気温高めの時に降りますので水分を含んでいて粘り気があり重いのです。
そんな雪も、降った直後なら、よほどのことが無い限り簡単に除雪できるのですが、降った当日に除雪できてない雪は、日毎に重くなっていきます。
最終的には氷に近い状態になりますので、こうなったらもう雪ハネは重労働になってしまいます。
やってしまった、、、と分かる瞬間
私クラスになりますと、ギックリ腰をやった瞬間は「あ、来たな!」と分かります。
なんて自慢したいくらい、私はギックリ腰の常連。
最初にやったのは高校の短距離走のスタートダッシュ時。
ベキンと言う様な衝撃があって、もうそこから痛くて動けない。
そこからは癖になりましてね。
重たいものを持ったと言っては腰が悲鳴を上げ。
長時間書き物をしていて急に立ち上がったら腰が壊れ。
ひどい時なんかは、くしゃみしただけで腰が石のようになる。
もう、ギックリ腰名人という芸の域に達しているのかもしれません。
五十五歳過ぎてからは逆に、そんなにギックリ腰をしなくなった理由は簡単です。
ようやくその歳になって、自分はギックリ腰になりやすいから注意するようになったからです。
危なそうな時が、事前に何となく分かり、腰に負担を掛けないように意識して動くと案外大丈夫だと、そんな歳になってようやく分かるだなんて、間抜けだなぁと自分でも思いますがね。
今回は、注意はしていたのですが、あまりにも多くの雪が降ってしまっていたので、前々日あたりから危ないなぁそろそろかなぁという予感はしていたのです。
それでもなんとか予定していた雪ハネが無事終わって、帰宅してホッとした時に椅子に左足の指がガンと当たった時にバキ。
不意打ちでした。
翌日の地獄①
その夜は、イタタタとか言いながら、二階の寝室へ行って寝たのですが。
大変だったのは翌朝。
これが22日日曜の朝。
もうベッドから起きられません。
びくとも動けなかったのは人生初で。
還暦過ぎるとこうも衰えるものかとどこか冷静に妙に感心しておりました。
それでも家内に助けてもらい、何とか一階の居間へ移動。
とりあえずゆっくりだったら何とか動けるので、そこで何かできる事と言えば、立ったままの調理。
はい、あの時の味噌ホルモンです。
< 味噌ホルモンの逆襲
味噌ホルモンの逆襲と簡単に書いておりますが、あの熱い味噌が弾けた時は熱くて驚いて、体も反応したので腰からもビキンと激痛が走って。
そう。
なぜあの場に家内がそんなにも近くに居た理由は、私が腰を傷めいるのにホルモンを炒めて、傷め炒めで見た目も痛めだったからです。
翌日の地獄②
その後昼食を摂り、ブログ(味噌ホルモンの逆襲)を書き、お茶で一服しておりましたらやはり腰が更に痛くなってきました。
そこで少しその場で横になったらもう大変。
今度は完全に起き上がれない。
多分私のギックリ腰人生で最大級の痛さ。
もうあまりに痛いのが分かるのでしょう。
猫も遠巻きに心配そうにのぞき込んでいました。
家内も私が余りに痛がるので何も補助が出来ません。
そんな中、困ったことにトイレに行きたくなった。
冷静になれと自分に言い聞かせ、痛みから意識をそらせてまず導いた結論が、一番近場の猫のトイレ。
いやだそんなのと即拒否の自問自答。
何とか家内の力も借りて、体の下側になっていた右手を抜き出すことに成功して。
あとは家内の膝、背中、肩と少しずつ掴んで体を起こして(イメージはエベレストの垂直岸壁を素手で登っている、、、やったことはありませんが)、激痛と冷や汗とにまみれながら、たまにうぎゃと叫びながら、家内に右足、左足と息を整え整え一回に1㎝ずつ程動かしてもらいながら上半身は壁に張り付いてトイレまで移動。
昭和の男のプライドだ、トイレの中までは付いて来るな妻ヨとそこからは一人。
トイレの中は腕の力だけで移動、しかしこれがまた凄まじい激痛とほとんど動けないから情けない。
それでもまぁなんとか用を足して再びトイレの外へ。
そこからまた家内に右足左足とやってもらって。
元の居間に戻ってきた時には、またトイレに行きたくなってるという悲劇。
繰り返して、ようやく再び今に戻ってこれたのは、最初にトイレに行きたくなってから七時間後。
ただオシッコ二回するのに七時間ですよ。
いやもう本当に精魂尽き果てました。
と同時に、足腰って、日頃から黙々と頑張ってくれてたんだなぁとしみじみ感じました。
その夜は、居間の、いつもこのブログを書いてる椅子で眠りました。
これが22日、日曜日の話です。
☆ギックリ腰の正体を探る
実際に、自分の力で足が動かせないというのは大変で。
今回どうにか乗り越えられたのは、勿論家内の尽力があります。
それと同時に、私は以前に左足の筋断裂をやっていまして、その時の経験もあるからだと思います。
とにかくつらい、痛い、動けない。
しかし昔と違って今は会社組織に縛られているわけでは無いので、心に余裕があります。
急いで治さなければ仕事に差し支えるという切迫感もありません。
ギックリ腰の間は仕事は一切入れないと決めてしまえばもう気は楽でした。
そうだ。
ギックリ腰の時、悩んだり不安になる方は多いのではないか。
それならせっかくパソコンを前にして夜を明かすのだからと、六十二歳の今になって、ギックリ腰とは何ぞやと調べてみました。
病であっても怪我であっても、そういうモノと戦うには、まず相手の正体を見極めるのが勝利への第一歩です。
もしかしたら、こういった私自身の調べものや対処法が、いつかどこかでギックリ腰に苦しんでいるどなたかのお役に立てるかもしれないと考え、明日からここに記しておこうと考えるに至りました。
植物からはほんの少々離れますが、ギックリ腰も生命活動の一面ですから、広い意味ではこのブログの守備範囲でしょう。
< ギックリ腰療養記②へと続く
と言う事で本日はここまで。
最後までお読み下すってありがとうございました。
どうぞ佳き一日をお過ごしくださいませ💐😊

