私見~人生の目的

懐中時計 喫茶~言の葉
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 「私見~人生、還暦を過ぎたら」の追記

☆昨日の記事の補足

ごめんなさい、こういう話が2日連続になってしまって。
ただ昨日の記事をあのまま終わらせると、少し偏りがある気がしまして。
今日の追記となります。

☆56歳の私の友人に、気になった事

昨日の記事に書きましたが、人がどう生きるかと申しますのは、本当に人それぞれです。
酒宴での56歳の友人の告白に、私は特に何も言えませんでした。
老後の不安と言う気持ちもよく分かるからです。

その背景は、彼が本当に子煩悩で奥様を大切にしている家庭人で、そこを守るために頑張って働いてきたことを良く知っております。

それが今、子供が巣立ち、奥様と二人暮らし。
彼の人生の「子育て」という目的を、一つ達成したので、その後の日々に空虚なものを感じているからなのでしょう。

「定年後の自分の人生が見えない」と言う言葉は、今、仕事が生き甲斐だという事を示しています。
だから、今の仕事に就けなくなったら、毎日何を目標にして生きればいいのだろう?と悩んでいるのです。

また、こうも言っていました。
「年金だけでは、生活資金に不安がある」とも。

好きな仕事に就けなくなり、そこから得られていた資金も得られなくなる。
この不安は、本当によく分かりますので、私は何も、彼に対して言えなかったのです。
雪見酒

それと同時に、彼が見失っているものにも気づきました。
それは、自分なりの、人生の目的というやつです。

☆私の人生の目的

目的と、目標と

目的と言う言葉があります。
これは、達成したい最終的な到達点。

一方、目標と言う言葉もあります。
こちらは、目的に届くまでの途中の目印。

ややこしく、こんがらがり易いので、蛇足ながら、まず初めにそのポイントを書いておきました。
木々に囲まれた道

毎日の目的

私は元々病弱で、成人を迎えられないのではないかと言われて育ってきました。
なので「生」への未練がそんなに無いのかもしれません。
と同時に、何か目標をもって残りの日々を生きようという意識が強いのかもしれません。

その、残りの日が何日あるかだなんて、それは誰にも分かりませんので、まずは基本的に楽しさを感じて生きる事を大事にしています。
なので興味がある事には躊躇せずに突っ込んでいきます。
だからなのでしょうか、多趣味です。
趣味が多いと、退屈しないのですよね。
だから、一層毎日が楽しい。

会社勤めの時期も、例えば凄い時には18時間労働と言うのもありました。
こういう時は、趣味もへったくれも無い、自分の時間も持てない。

でも、その中から楽しみを強引に見つけたものです。
この大変な状況をどう乗り越えたか、いつの日にかそれを誰かに面白おかしく伝えるためにワクワクしながら乗り越えようと、考えを改めて「楽しみ」を発見していくのです。

そういう毎日の楽しい事を感じるのが、私の人生の基本、毎日の目的です。
なぜなら、折角生まれてきたのですから。
楽しまなければ勿体ない。
毎日を楽しめれば、それが積み重なった人生そのものが楽しいわけです。

楽しさの前に、不安は居座る事なんてできないんですよね。
ここが大事。
懐中時計

折々の、人生の目的

病弱だった私は、こうして小さい頃から「楽しい毎日」と言うのを心掛けて来ました。
その事は、今振り返っても正しい選択だったように思えます。

それから、今だから分かるのですが、人生の節目節目にやや大きめの目的を決めていました。
それが、①成人への目的であり、②家庭への目的であり、③子を一人前にする目的であり。
そしてその後の④と。

これらを、ここから文字にしてみましょうか。
ではまず、私の成人に向けての目的を書いてみます。
懐中時計複数

毎日を楽しく、と言う事だけを頭に置いて過ごした小学校六年生までの日々。
それが中学生ともなると、勉強も大変になるし、先輩後輩の人間関係も複雑になるしで、心の環境が一気に激変したのを覚えています。

そして中学生にもなると、あれほど弱かった私の体が、随分と強くなって行ってることに気付きました。
こうなれば行動範囲も広がって、自宅から遠く離れた町の図書館と言う存在を知り、少なくとも月に一回の目標として、図書館通い。
通う程に、自分の世界が拡がっていく多孝感、そして無敵感。

中学以降は、好きな科目しか勉強しませんでした。
将来の就職のために高校に行くのではなくて、生きてる間に好きな知識を少しでも身に着けておこうという、、まぁ、変な子でありました。

好きな科目は、国語と生物学と地学、それに倫理社会。
そこから発展して、哲学に宗教学。
こういう科目が学べるだけで、知識欲も満たされるのでしょう。
しあわせでした。

こうして、私の成人までは、興味ある知識だけを探り、身に付ける事でした。
図書館

勉強期間が過ぎて社会人になって。
子供の頃からすれば、未知の領域です。
自分が20代になっても元気で生きてるという事が。

それで次の目標は、どうやって安定した収入を得るか、になりました。
とは言いましても、自分の嫌な事で一生食べていくというのは気が向かず。
これはどうにも困りましたね。

まだ終身雇用制が生きていた時代です。
最初の就職先がどうしても自分に合わず、半年後に辞表を出すときは、人生が終わったと感じたものでした。

もう人生が終わるなら、残りの日々は好きなように生きればよいと吹っ切った時から人間関係に恵まれ、幾つかのアルバイトや臨時職員を経験し、生物学で興味に目覚めた植物関係の仕事に就くことが出来たのです。

今でも思いますが、安定した収入を得るまでは、本当に暗中模索でした。
この時は本当に気持ち的に苦しみました。
でも、こういう経験も、とても大事ですよね。

さて、仕事に対する自分の姿勢が決まれば、収入はそれなりに見込めます。
仕事の環境が整えば、その先に自然と、私が長年望んだ自分の家庭を持つという目的達成が出来たのです。
家庭料理

家庭をもって子供が生まれたら、私の目的は単純明快。
子供が独り立ちするまで、自分が健康で、養うためのお金を稼ぐことです。
成人まで生きられないと言われて育った男が、自分の子供が社会人として独り立ちするまでを目指すのですから面白いものです。

子育てに目的を絞れば、人生は簡素で、充実することが目に見えて増えてきます。
何より、生き物の命の目的は、次の世代に自分の遺伝子を引き継ぐことですから。
この頃から本当に心身ともに満ち足りてきたものです。
家族

こんな感じで過ごしてきた私ですが、ついに還暦を迎えます。
この頃には子供たちも独立し、一通り生きる目的も達成した感がありましたが、私の場合、その後の人生の目的が見えないという事は、ありませんでした。

子育てが終わった還暦です。
この後の人生の目的は明確。
それは、自分の人生経験を社会にどう還元していくか、と言う事です。
定年分岐点

まぁその事は、そんなに大袈裟でなくても良いのです。
例えば、自分の料理作りのレシピを誰かに伝えるだとか。
自分の昔話を誰かに聞かせるだとか。

大事なのはそれによって誰かを嬉しく楽しい気分にさせる事。
これです。

例えば伝統工芸だって、きちんとその技術を教わって、その作品が誰かに渡れば喜んでもらえるでしょう。
それが大事。
例えその技術伝授の過程が、どんなに苦しくたって構わないのです。

いいですかね、こんな文章表現で。
きちんと伝わりましたでしょうか、私の言いたかった事。

人は、おおよそ歳を取ったら、それまでに得た知識や経験が結晶化すると言います。
その結晶化した知性を誰かに伝えて行って、その積み重ねで人類は進化していったと言います。

なので還暦や定年を迎える頃には、現代であっても、無理のない範囲で自分や自分の経験値を誰かに伝えていくことを目的にすれば良いのではないかな、なんて私などは思います。
それが長年、人類が築いてきた仕組みでもあるからです。
老後生活

とりあえず、こういう目的がしっかりあれば、不安や孤独に対し、付け入る隙は与えません。

☆最後に

本当に人生は人それぞれですが、定年や還暦などを機に、これからどうしようなどと悩むのは勿体ないと、私は、そう思います。

56歳の友人の話を受けて、今回はこんな話になりました。
今回の私の話が、人生の終盤に孤独や不安を覚えるどなたかの、何かのお役にたてたなら幸いです。

ああ、そうそう。
折々の、私の人生においての各目的について書いてきましたが、一つの人生と言うスパンで俯瞰しますと、それらは目標とも言えるでしょう。
そこから到達する所は「充実」と呼べる境地なのかもしれませんね。

最後の瞬間、私はその、本当の充実に到達できているか、今から楽しみでもあります。
老後の二人

と言う事で本日はここまで。
最後までお読み下すってありがとうございました。
どうぞ佳き一日をお過ごしくださいませ💐😊

Ψ~ 緑の命 ~Ψ
執筆者
毎日をワクワクに変える植物教育研究家
kazuhiko
略歴
園芸の生産・流通・販売・教育と多岐にわたり都合45年勤務。
植物がもつ癒し力や、ちょっとミステリアスな植物の物語を、色んな年代の方に届けています。

現代は、デジタル時代。毎秒おしよせつづける情報に、私たちの脳は、年中無休の疲れ気味。 そこで身近な植物を使った、効果絶大わずか5分の、カンタンな心身癒しをご提案中♪
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