☆1887年3月22日生
今日は作曲家の中山晋平さんの誕生日です。
私は音楽というのはそう興味がないので、(さだまさしさんと、ジョン・ウイリアムスさんは別格)特にどうこうという事はないかなと思ったのですが、、、。
調べてみると童謡を多く作られていますよね。
では私が好きな童謡で中山晋平作曲を、と見てみましたらありました、ありました。
まず「背くらべ」
柱の傷は一昨年の 五月五日の背くらべ
端午の節句の歌ですね、思い切り二十四節気。
この歌詞は、わざわざ一昨年、つまり二年前の思い出を歌っています。
なぜ、二年前なのかという疑問が湧いてきますよね。
つまり計ってくれた兄さんは、二年間帰省できていないわけです。
これはこの歌の作詞をした東京暮らしの海野厚さんが、病弱でなかなか古里に帰れず、そこの残した弟への思いを重ねた歌詞。
結局海野さんは、結核のため28歳という若さでこの世を去ることになります。
その他にも。
ウサギのダンス
証城寺の狸囃子
肩たたき
雨ふりお月さん
てるてるぼうずなど、良く口ずさんだ曲が多いですね。
その中で印象的なのが、シャボン玉。
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シャボン玉とんだ 屋根まで飛んだ
屋根まで飛んで 壊れて消えた
風 風 吹くな シャボン玉飛ばそ
シャボン玉消えた 飛ばずに消えた
生まれてすぐに 壊れて消えた
風 風 吹くな シャボン玉飛ばそ
。。。。。。。。。。。。。。
これは作詞家の野口雨情の長女が、生まれてすぐに亡くなった哀しみを込めた言葉なのだと言います。
野口雨情の長女みどりさんは、生後わずか1週間で帰らぬ人となりました。
それを知って、この歌の体温を私は知りました。
確か中学に入ったばかりの春だったと記憶しています。
なんとも切ない歌詞ですよね。
こんな素晴らしい童謡を作った中山晋平ですが、命の尽きるその床で、最後に口ずさんだのが、「あの町 この町」だったそうです。
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あの町この町 日が暮れる 日が暮れる
今きたこの道 帰りゃんせ 帰りゃんせ
おうちがだんだん 遠くなる 遠くなる
今きたこの道 帰りゃんせ 帰りゃんせ
お空に夕べの 星が出る 星が出る
今きたこの道 帰りゃんせ 帰りゃんせ
子供達に、優しいメロディを数々届けた作曲家、中山晋平。
1952年12月30日没。