☆スサノオノミコト作
出雲
八雲立つ
出雲八重垣
妻ごみに
八重垣作る
その八重垣を
これは、日本最初の和歌と言われている歌です。
古事記に記されておりまして、作者が、あの日本神話で有名な神、スサノオノミコト(素戔嗚尊)。
お伊勢さんに鎮座するアマテラスオオミカミ(天照大神)の弟神ですね。
日本の植物を勉強しておりますと、どうしても日本人の自然観の研究にも枝葉が伸びます。
そしてその自然観は、宗教観(日本神道)に行き着くのです。
つまり、神社ですよね。
素戔嗚尊も、人々の生活が豊かになるようにと自身の体毛を抜いて木に変えて、それらを植えさせて国土緑化をしていったという話も好きです。
そこで私が30歳前後の頃。
日本中の主だった神社を訪ねて、一人旅をしたことがあります。
もちろん、須佐之男命の孫である大国主命(オオクニヌシノミコト)をお祀りする出雲大社にも行きました。
八雲立つ
そしてあの和歌。
この歌の良さが、若い頃の私にはまったく分かりませんでした。
やくもたつ
いずもやえがき
つまごみに
やえがきつくる
そのやえがきを
八重垣という言葉が三度も出てきて、なんだかくどいのではないかと。
若い頃は、そのくどさが気になって、好きな歌ではありませんでしたね。
素戔嗚尊
それこそ、日本神話を聞かされて育ってきた私ですから、物語はしっかり体にも心にも沁みついています。
自分の治める所が何か気に食わないとふてくされる姿。
亡くなった母が恋しいと泣き叫ぶ姿。
誠実に、姉神に会いに行く姿。
調子に乗って乱暴狼藉の大暴れをする姿。
追放されて落ち込む姿。
ヤマタノオロチを退治して人々を救う姿。
まぁこのように表情がコロコロと変わる神も珍しい。
しかしそんな素戔嗚尊が、ついにクシナダヒメに出会い、居を出雲に構え、ようやく落ち着けるという時に詠ったのが、あの、八雲立つでした。
意味は、雲が幾重にも重なるこの出雲の地で、妻との新居を幾重にも垣根で囲い妻を守って暮らしていくのだという、おおよそこういう意味です。
八の意味
天照大神の弟神でありながらその言動から罰を受けた上に天上界から追放され、地に降り立った素戔嗚尊は、そこで怪物のヤマタノオロチを退治し、生贄にされかけていたクシナダヒメと結婚をします。
ようやく落ち着ける土地を見つけ、そこで愛しいクシナダヒメを守って生きていくという決意と言うか、喜びが込められていると分かったのは、私がもう少し歳をとってからでした。
この場合の八と言うのは、8と言う意味ではありません。
沢山の、と言う意味です。
つまり八雲は、たくさんの雲。
八雲立つは、たくさんの雲が湧く場所、つまり雨が豊富で農作物が豊かな土地という、土地を褒める言葉なのですね。
昔は、人を褒めるように、土地も褒めた。
褒められた土地は嬉しいので、機嫌よく褒めた人に何らかのお礼をするわけです。
こういう考え方が、いわゆる言霊。
今では「八雲」は「出雲」の枕詞として使われますが、元々はこの歌のように、枕詞ではなく祝いの意味を込めた使われ方をしていたようです。
八雲が立つので、雲出(い)づる出雲となったのでしょうね、あの場所は。
ちなみに、八岐大蛇(ヤマタノオロチ)にも八が使われていますが、これも頭が八つあった山より大きな大蛇として描かれていますが、実際は人々がどうすることもできない数多くの天災を表しているというのが本当のところだと思います。
八重垣
紆余曲折あった素戔嗚尊が、ようやく見つけた安住の地。
妻は八岐大蛇に生贄として捧げられたという怖い思いをしたクシナダヒメです。
妻にもう怖い思いをさせまいと、また、何としてでも守り抜くと、新居を何重にも頑丈な垣根。
この何重にも張り巡らした垣根は、それ以前にヤマタノオロチ退治の時に、大杉の根元にクシナダヒメを隠すためにも張り巡らしたと、八重垣神社に書いてあるのを読んだ時に驚きました。
そうか。
素戔嗚尊にとって、八重垣は、大事な人を守り抜くという決心と覚悟の象徴だったのだなと。
それでああいうふうに歌に三度も詠み込まれたのかと。
八雲立つ
出雲八重垣
妻ごみに
八重垣作る
その八重垣を
ここまで素戔嗚尊が魂を込めて詠んだ歌です。
さぞやその八重垣たちは、褒められた事に歓び、機嫌よく褒めてくれた人達をしっかりと守り抜いてくれた事でしょうね。
こういう言霊に30歳前後の私は、全然気付けなかったのだという事です。
と言う事で本日はここまで。
最後までお読み下すってありがとうございました。
どうぞ佳き一日をお過ごしくださいませ💐😊

